Steinway Owner Interview  
~ 草間 紀和 様 ~

スタインウェイの比類なき響きを愛し、共に暮らす方にお話を伺うインタビューシリーズ。
今回取材させて頂いたのは、東京藝術大学大学院に在学中で、今秋からフランスの名門 「パリ国立高等音楽院」の修士課程へご留学されているピアニスト 草間 紀和さんです。

「昨年スタインウェイを迎えてから、一つひとつの“音”を探究する練習が楽しくなったんです」と語る草間さん。ご自身では「以前は大雑把な練習ばかりだった」と謙遜をされていましたが、緻密な努力と練習の末に、合格率10%以下とも言われるフランスの名門校へ合格されるまでのお話と、ピアノ学習者にとってのスタインウェイの魅力について伺いました。

― これまでのピアノの略歴について教えてください
父方の親戚にピアニストがいたことに影響されて、小さい頃からピアノに慣れ親しんでいました。親戚の母校である藝大附属の芸高(東京藝術大学音楽学部附属音楽高等学校)に行きたいという目標が無事叶い、そのまま東京藝術大学、そして同大学院に進みました。
高校時代には角野 裕先生に習っていましたが、ご退官されたことに伴って、現在は伊藤 恵先生に師事しています。

― 藝高・藝大時代に師事された角野先生、伊藤先生にはどのようなご指導をいただきましたか?
角野先生はとても丁寧に、ひとつひとつのフレーズやその弾き方について教えてくださる先生でした。的確に導いてくださることに甘えてしまって、先生に頼りきりで自分で試行錯誤しながら練習する姿勢が少し足りなかったかもしれない、と今になって反省してしまいますが…
伊藤先生は第一線でリサイタルやCD収録などにも取り組まれているピアニストということもあり、毎回のレッスンに緊張感を持って臨んでいました。初回のレッスンであっても自分の身体や指に「曲が入っている」状態で行きたい、と思うもののうまく仕上がりまで持っていけないことも多く、葛藤することもありました。ただ、演奏のテクニックだけでなく、作曲家が生きた時代や曲のバックグラウンドについて印象的に教えてくださるので、いつも多くのインスピレーションを頂いていました。私たち日本の学生は、時代や文化が全く異なる人物が作った曲を演奏することになりますが、その作曲家に少しでも心理的に近づくための本や情報を与えてくださるのもとてもありがたかったです。

― 好きな作曲家を尋ねられたら何とお答えしていますか?
好きな作曲家はたくさんいますが、特にショパンとスクリャービンが好きです。スクリャービンは「ロシアのショパン」と言われることもあるようで、独特な世界観や神秘的な響きに心を奪われてしまいました。
特にスタインウェイだと違いがはっきり出るように思うのですが、「ペダリング」にとても工夫のしがいがある作曲家だと感じています。ペダルの踏み方を無意識に下まで踏むのではなく、半分くらい踏むのか、十分の一くらい微かに踏むのか、といった違いによる響きの変化をコントロールすることで、スクリャービンの幻想的な作風をより表現できないか模索しています。

― スタインウェイを欲しいと思ったきっかけは何でしたか?
一点の曇りもなく素晴らしいピアノだということはずっと知っていました。
小学3年生からコンクールや発表会の舞台に立つたびに音に魅了されて、欲しいという憧れが増していました。芸高の研究室にもスタインウェイが置いてあるので、ときどき夜まで占領してしまうくらい好きでしたし、弾けば弾くほど魅力に取り憑かれていきました。
小さい頃から国産メーカーのグランドピアノを使っていましたが、心の中で「いつかはスタインウェイが欲しい」とずっと思っていました。

― 留学への挑戦などが控えていたタイミングで購入を決意された理由はありますか?
元々は「留学やコンクールを一通り終えて、日本で演奏活動や教育活動を本格的に始めるタイミングで買えたらいいな」と、お店でスタインウェイを試弾する前までは漠然と考えていました。
ただ、スタインウェイ&サンズ東京で新品のスタインウェイを弾いた時に、ピアノに宿っている音色の素晴らしさや、表現力の幅に一目惚れして考えが変わりました。「コンクールや海外の大学への挑戦など、自分がピアニストとして上達しないといけない時期だからこそ、芸術性を磨ける楽器が必要ではないか」という気持ちに駆られ、半ば衝動的な気持ちで家族に相談しました。
実は、スタインウェイの購入を検討していた時期は、前回のパリ音(パリ国立高等音楽院)の入試の結果に落ち込んだり、大学のレッスンでも自分が求める音楽を引き出せずに悶々としている時期でした。悩みながら真剣にピアノに向き合っていた時期だったからこそ、自分の技術や表現の幅を伸ばすことはもちろんですが、理想のピアノと共に、一番良い音色をもっと探究したいという想いが強くなりました。「人生長い目で見ても、自分のピアノに向き合わなければならない時間が大半を占める時期に、良い楽器を弾かないのはもったいない!」という気持ちでしたね。

― 購入を決める際に悩んだことはありますか?
もちろん経済的なことも悩みましたが、最も悩んだのはピアノのサイズです。
高校・大学の研究室をはじめ、様々な場所にB-211が置かれているということもあり、スタインウェイといえばB-211だと思っていたので、6畳の自宅の部屋には奥行き211cm あるModel Bは置けないため、スタインウェイは無理かなと思っていました。
ただ、(最終的に購入した)A-188以外にもショールームでO-180などのピアノを弾かせていただいて、認識がガラッと変わりました。「B-211ほど大きなピアノでなくても、こんなに表現の豊かさやタッチによる微妙なニュアンスの変化が付くのか」と驚きました。
そして担当の方に聴いたのですが、A-188にはB-211と同じようにサウンドベルもついているので、構造的にも大きなピアノにより近いということもあってA-188に決めました。

(草間さんのご自宅の練習室)


― スタインウェイをご自宅の練習で使うようになって、どのような変化がありましたか?
練習の仕方と音色の聴き方がまったく変わりました。
以前までは細かな練習が苦手で、曲をさらっと通して練習してしまうことが多かったのですが、スタインウェイを使い始めてからは真逆になりました。一つひとつの音色やフレーズの探究が面白いんです。
自分が意識して出した音が、その通りの音色になって返ってくるので、音を磨いていく過程が本当に楽しいです。逆に、集中力を欠いた状態で弾くと、すぐ気の抜けた音になるのがわかるので、楽器からプレッシャーを感じることもありますが…(笑)
鍵盤の反応もすごく良いので、弱音を奏でるときにより指先の筋肉を意識するようになりました。指先をコントロールすることで様々な種類のピアニッシモを作る意識が芽生えたのも大きな成長です。

― スタインウェイをご購入くださった年に、パリ国立高等音楽院を受験されましたね。

はい、昨年の受験のリベンジということで、プレッシャーを感じる2回目の挑戦でした。 ただ、楽曲や練習への向き合い方も大きく変わっていましたし、試験のピアノもスタインウェイだったこともあり、試験中の自分の演奏・音色の聴こえ方や、弾きながら感じる自信・手応えは全然違いました。
とはいえ、非常に狭き門ですし、昨年のこともあるので結果発表を見るのが怖くて、発表時間ギリギリに結果を見に行った時の気持ちを今でも覚えています。 結果を聞くと合格者は、マスター(修士過程)は2人だけで、学士課程を含めた全体でも日本人は私だけだったので運も良かったと思っています。

― パリ国立高等音楽院への入試前には、学校の先輩にあたるピアニスト務川慧悟さんにスタインウェイ&サンズ東京でレッスンを何度か受けたと伺っています。
はい、スタインウェイ&サンズ東京の営業担当の方が務川さんをご紹介くださり、演奏のことだけでなく試験の選曲や面接のことまで、とても丁寧にレッスンをしていただきました。
務川さんは申し上げるまでもなく素晴らしいピアニストですが、音や演奏法についての解像度が高くて説明がとてもわかりやすいのと、実演して聴かせてくださる演奏が素晴らしいので、一回のレッスンで学ぶことが本当に多いひとときでした。
「良いピアニストは練習の仕方が全然違うんだ」と間近で学べたことも影響が大きかったです。演奏技術だけでなく、楽譜の読み方や曲の作り込みへのアプローチ方法も自分とは全然違って、たくさんの気づきがありました。

― ご購入者の特典としてスタインウェイ&サンズ東京内にある小ホールでレッスンを受けてくださっていましたが、ホールでのレッスンはいかがでしたか?
とてもありがたかった、という言葉に尽きます。
ホールの空間で集中して演奏することで、自宅のスタインウェイで練習するのとはまた異なるインスピレーションをもらえたように思います。客席にどのような響きで届くのか、想像しながら色んな角度から試行錯誤して、自分の演奏を作り込むことができました。
また、完璧に調整されているピアノなので、タッチによる微細な変化や倍音の響きから教わることがとても多いようにも感じましたね。
パリ音楽院への合格は、大学の研究室での伊藤先生のご指導や門下生と切磋琢磨できる環境の賜物ですが、それに加えて、自分にとってベストなスタインウェイを自宅に迎え入れたことや、そのご縁を通じて務川慧悟さんと出会うことができたことも本当に大きかったので、スタインウェイからのサポートに感謝してもしきれません。

― そこまで仰ってくださり私たちも恐縮です。ご自宅にお迎えしたA-188の魅力を教えていただけませんか

全部好きなのですが、一つ挙げるのであれば「高音の輝き」ですね。ピアノから生命力を感じさせるかのような煌びやかさが決め手になりました。
そして、その高音と良いコントラストになるような「豊かな響きを持った低音」もチャームポイントの一つだと思います。ピアノは7オクターブ以上の鍵盤を操って表現を作り上げていきますが、低音から高音まで本当にバランスが良いと思います。まさに、一目惚れだったんです。
倍音がとても美しくて、毎日触りたくなってしまうので、自然に練習時間が増えてしまうと感じています。また、長時間練習しても疲れを感じにくいのも不思議な魅力です。無駄な力が抜けているのかもしれません。

― すっかり良いパートナーになっているようで嬉しいです。これから留学して挑戦したいことやパリに行ったらしたいことはありますか。
ラヴェルはこれまで集中的に取り組む機会がなかった作曲家なので挑戦したいです。特に「高雅で感傷的なワルツ」は、フランク・ブラレイ先生の十八番と伺っているので、ぜひ本場の息遣いを学びたいですね。
また、ヨーロッパにはたくさんの国際コンクールがあるので、在学中にレパートリーを増やして、様々な舞台に挑戦していきたいと思っています。
あとはパリという街そのものが好きなので、美術館に行ったり、ベンチに座って楽譜を開いてゆったりと考え事をしたりという時間も大切にしたいです。

<編集後記>

ご留学前にスタインウェイ&サンズ東京で実施した「草間紀和 スペシャルコンサート」では、演奏曲ごとに様々な音色の引き出しを操る、すでに円熟した演奏を披露いただき、フランスでますます音楽性に磨きがかかるのに期待が高まるリサイタルでした。
アンコールで、師であり先輩である務川さんと4手の連弾をサプライズで演奏くださったひとときも、弊店のスタッフにとって想い出深い演奏でした。またご帰国の際には、フランスで得た学びや情感を、音楽を通じて届けてくださることを心待ちにしています。
草間さんの益々のご活躍を祈念するとともに、スタインウェイ&サンズ東京でも末永く応援して参ります。

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