東京近郊で生まれ、ウィーンで育ったロンドン在住のピアニスト、内田光子の英・日・ウィーン訛りのアクセントと抑揚は、リングに立つモハメド・アリのように突然に、そして静かに変化し、前進し、後退します。彼女は偉大なピアニストの一人です。多くの言語と同じく多くの作曲家にも精通しており、バッハ、ベルク、ベートーヴェン、ショパン、ドビュッシー、モーツァルト、シューマン、シューベルト、シェーンベルクの作品を、いずれもロマンチックさと想像力を駆使しながら、それでいて気骨と気迫をもって演奏します。

内田は、米国バーモント州で開かれるマールボロ音楽祭で、長年、ピアニストのリチャード・グードとともに共同芸術監督を務めてきました。今年、グードの引退を受けて、彼女は一人で舵取りを任されています。私はマールボロで、ピアニストのジョナサン・ビスと一緒に内田の昼食に同席しました。2人は、ベートーヴェンのピアノソナタ第31番作品110の中の不可解な転調について議論し、一緒に歌おうと試みていました。その途中で内田はトレーを押しのけ、テーブルをピアノに見立てて弾き始めました。それから、丸めたペーパーナプキンがシュッと私の頭をかすめました。私は、これはいつものことなのだと確信しました。標的にされたビスは、反撃しませんでした。食堂の向こう側にいた少年が、私を見てニヤリと笑いました。後に、音楽祭の居室で内田と会い、もう少し静かな落ち着いた会話を交わしました。彼女は、紅茶と地元のチョコレートを出してくれました。チョコレートは、彼女のちょっとした悪癖です。


昼食のときにシューマンを変人と言っていたのはどういうことでしょうか?

変わった考え方をする、変わった作曲家ということです。でも彼は、実際は一度も正規の作曲教育を受けたことがありませんでした。ただ非常に才能があり、音楽を心から愛していたがゆえに音楽を演奏し、即興で作曲したのでしょう。彼がピアノを始めたのはかなり遅く、ヴィーク(クララ・シューマンの旧姓)家でピアノを習い始めたときには20歳近くになっていました。こうしてヴィーク家に通いましたが、作曲に関しては独学でした。シューマンは自分の持てる豊かな想像力を、独自のやり方で駆使しました。彼は、ベートーヴェンなどの偉大な作曲家の音楽を深く理解し、バッハの音楽にも精通していました。きっとモーツァルトも研究していたはずです。そしてもちろん、彼は、ウィーンに行ってシューベルトの兄を訪ねたときに、シューベルトの交響曲第8番ハ長調(「ザ・グレート」)を救い出しました。ご存知のように、シューベルトの兄はその楽譜を山積みの紙の中に放置していたのです。シューマンは、興味深い想像力豊かな作曲家でした。しかし今日、彼の作品が人目を引くのは非常に困難です。なぜなら音楽の世界には、特にピアニストにとっては、あまりにも多くの音楽が存在するからです。それに、ヨハン・ゼバスティアン・バッハやモーツァルトやベートーヴェン、さらにもう一人の天才であるフランツ・シューベルトらと他の作曲家を比較するのは実に酷なことです。


それがあなたの「四大作曲家」ですね?

そう、私の「四大作曲家」です。それにシューマンも敬愛していますが、ご存知のように彼は簡単に脇へ追いやられてしまいます。もう一人の天才がショパンです。ショパンは作曲家として天才です。偉大なピアニストであっただけではなく、作曲においても非常に調和のとれた想像力を発揮しました。私はブラームスも弾きますが、彼の曲もとても美しいと思います。ですが、シューマンは世間からあまりにも簡単に見過ごされています。ブラームスやショパンを好きな人は何人も知っていますが、シューマンに心酔している人にはめったにお目にかかりません。でも、私は大好きです。


シューマンのどこがそんなに変わっているのですか?

変わっている?そうですね、彼はたくさんの興味深い着想を持ち、ベートーヴェンの晩年の音楽を見れば分かるように、ベートーヴェンの作曲法から多くの影響を受けていました。さらに、対位法の扱い方も独特です。シューマンは素晴らしいポリフォニーを用います。独自のスタイルによるものなので、各声部の進行をたどるのが非常に難しく、見失わないように本当に注意しなくてはなりません。彼自身もときどき見失っていますよ!美しい旋律をたどりながら、迷い込んでいくことを楽しまなくてはなりません。また、音楽を続行させるために2つの異なるラインをまたがなくてはならないこともあります。ときどき、彼は主題を反転させたりもします。そうすると、まったく違った不協和音や、不協和音になる可能性が生じます。

それとリズムも、当然ながら常に変化します。おそらく、晩年にポリフォニーの考えから離れたときに、このことをベートーヴェンから学んだのでしょう。シューマンはリズムをとても自由に変化させますが、それは本当にドラマチックです。また、彼が本当に精神を病む前に書いたいくつかの曲も並外れています。彼は一種の躁鬱病だったのでしょう。今日なら双極性障害と診断されていたかもしれませんが、当時はほとんど治療不能でした。初期の頃は躁状態の作品が多く、その後、彼は鬱状態になりますが、後期の作品はそれを乗り越えています。最晩年の作品では、彼のテンポ感覚は正常なテンポ感覚とは明らかに違ったものになりました。初期の作品には、必ずしも信頼できないとはいえ、最低限の標語を書き込んでいました。しかし、「暁の歌」のような最後期の作品では、彼の指定したテンポに忠実に従うと、違った音楽になります。音符を書かれた通りに演奏すると、より「正常」な感じになりますが、彼の指示する速度標語に従うと、かくも奇妙な世界になります。


クラシック音楽のすべての作品には、それぞれに従うべき「正しい」テンポがあるのでしょうか?それとも、同じ作品を違うテンポで弾いても、同じくらい説得力のある演奏になり得るのでしょうか?

誰もが違うテンポで演奏しますよ!「正しい」テンポなんてものはありません。どのテンポも、正しい場合もあるし、間違っている場合もあります。同じメトロノーム記号であっても、演奏者によって完全に間違って聞こえることもあれば、まったく正しい場合もあるでしょう。テンポが指定されていれば、通常の場合はある一定の感覚が得られます。速度標語の使い方は、作曲家によって異なります。もちろん、その作品が書かれた時代によっても(標語の)意味は異なります。「アレグロ」という用語は、当初は「速い」ではなく「楽しい」という意味でした。その後、「より速い」という速度標語になり、作曲家によって見解が異なっていました。そして、演奏家によっても見解がそれぞれ異なるので、各自が自分自身の —


自分自身の解釈?

その通り。解釈以外の何ものでもありません。昨日、正しいと思ったことを決して繰り返してはなりません。

多くのピアニストが幾度となくバッハに回帰しています。あなたの場合はモーツァルトに回帰しているように思えます。

ええ。バッハにも、ベートーヴェンにも。そして、いつの日か敬愛するショパンに戻ることを望んでいます。でも、今の私は「ドイツ期」にあるので、ショパンの作品は見ないようにしています。あなたがある作曲家を無視したら、その人から仕返しされますよね。現在、彼は私に腹を立てているので、彼にもう少し時間を与える必要があるでしょう。今は、ディアベリ変奏曲やその他のベートーヴェンの作品に没頭しています。クリーブランド管弦楽団とのライブ録音を続けているので、今の私の演奏レパートリーにはディアベリ変奏曲のほか、ベートーヴェンの数多くのピアノ協奏曲やたくさんのモーツァルトの作品があります。


そうですね。では、今の状況は?あなたはモーツァルトと長い付き合いですが、彼との関係はどのように変わりましたか?

いつも変化していますし、常に発見があります。バッハやベートーヴェンもそうですが、特にモーツァルトのような作曲家の場合、私にとっては相手の作曲家との関係はより正確になっていますし、相手は私に対してより優しくなっています。


「より正確に」とはどういう意味ですか?

彼の天才ぶりを以前よりも楽しむことができるのです。何年も、いえ何十年もの間、彼の才能はまったくの謎でした。自分が子供の頃の演奏を覚えていますが、いったい何が起きているのかまったく理解していませんでした。自分の指が奏でている音楽が好きではなかったし、他の多くの人の演奏も好きではありませんでした。難しい関係だったのです。


失礼ながらお聞きしますが、関係はうまくいっていなかった?

全然うまくいっていませんでした!モーツァルトはとても複雑です。偉大な作曲は皆そうです。


肝心なのは、複雑なものを複雑に思わせないことです。

本当に複雑なんですよ。私が13歳できちんと演奏できたのは誰だと思います?ドビュッシーです。そして15歳ではシェーンベルク。


それらの曲をきちんと演奏していると思っただけだったのですか?

いいえ、実際にきちんと演奏していましたし、録音したテープもいくつか聴きました。なかなかいい演奏でした!とても熱心に取り組んだ結果、シェーンベルクの3つのピアノ曲 作品11を理解できました。「ああ、これは分かる!」と思ったんです。今までベートーヴェンについて考えたことは?なかった。シューベルトは?なかった。モーツァルトは?全然!最近は、こうした作曲家の作品をステージで演奏することができ、必死な思いをすることはまったくありません。これは、歳を重ねて長い年月を仕事に費やしてきたおかげです。私にとっては、シューベルトの方がもっと近い存在でした。私がウィーン育ちだからというわけではありません。


それこそ次にお聞きしたかった点です….

シューベルトの音楽、シューベルト特有の孤独は、私にとって親近感の湧くものだったのです。彼の孤独は、自分の孤独と結び付けられる種類のものでした。モーツァルトはそれほど簡単に孤独を見せません。彼は、ほとんどの時間、誰かといちゃついていました。そして、彼が本当に自分を愛していると思っても、3秒後に彼は別の場所にいる。そういうタイプの人間です。モーツァルトの音楽の想像力と自然さは、彼が何かをあまりにも普通に、トニック(主和音)であるかのように行えた人間だったということです。トニックに戻ると、まったく魔法のようで、神秘的でさえあります。調性音楽においてトニックであることは、神秘的とは思われていません。


それは大地と思われています。

まさにその通り。しっかりと自分の居場所である大地に戻ってくることです。ベートーヴェンがときどきするように、わざと地面を揺らすことではありません。ベートーヴェンは、トニックに行き当たっていることを知っていても、とにかく揺らし、あなたに知らせるのです。それは、「計画的犯行」ともいえる意図的な行動です。しかし、モーツァルトの場合、あなたはそこに降り、降りた場所の神秘を見て息をのみます。これは天才的です。そのようなことをどうやって私が理解できたでしょうか?


モーツァルトは、あなたが二度と自分の居場所に戻れないと言っているのですか?

いいえ、違います。彼は何も語っていません。それは彼が講義するようなものではありません。あなたが自分で感じるほかなく、それを受け入れるしかないのです。その神秘を、一緒にいる他の人たちにどうやって伝えますか?これこそが、あなたが演奏家としてやりたいことです。あなたが神秘の場所に到達したと感じたら、それを聴衆と共有したいと思うでしょう。だから私は、「このような偉大な人たちをどうすることもできない」と思ったのです。しかし、いつも試行錯誤です。だから人生はこれほど素晴らしいのです!


あなたは最初、シェーンベルクと相性がよかったとおっしゃいましたね。

ええ。そしてもちろん彼も移り変わります。私が10代半ばの頃、私にとってシェーンベルクは、当時演奏していた他の作品よりもずっと理解しやすいものでした。私のシェーンベルク作品の演奏は、モーツァルトやベートーヴェンやシューベルトを演奏するときよりも良かったのです。


シェーンベルクの録音(デッカ)で故ピエール・ブーレーズと共演したことは素晴らしかったでしょうね。何といっても、彼はそのレパートリーを解明してくれる偉大な人物の一人ですから。

そうです、彼は本当に楽譜を解明します。複雑な楽譜が、ブーレーズの手の中で光を当てられると、より理解しやすいものになります。


驚くべきことですね。でも、光を照らすためには、もっと多くのブーレーズが必要です。それにもっと多くの内田も。知らない聴衆がまだいます。

ええ、でも例としてモーツァルトを取り上げましょう。彼はシェーンベルクとは比較にならないほど演奏するのが難しいのです。今でも!


なぜですか?

なぜなら、彼の音楽は何か違うことを言いたいのに、それが正確に分からないのです。


シェーンベルクのメッセージはもっと明快ですか?彼には解釈の余地が少ないのですか?

彼は解釈の余地をいくらか残しているのですが、まったく明快です。でも、モーツァルトのような人の作品を演奏するのは本当に途方もなく困難で、それこそが作品の持つ美しさなのです。

おもしろいですね。というのも、私たちはモーツァルトを透明性と結びつけようとするからです。少なくとも、聴き手の視点からは。

あなたは、素晴らしいモーツァルトの演奏をそんなにたくさん聴いたのですか?幸運ですね。私が聴いた中で、素晴らしかったものはいくつかありました。友人が、かなり古い78回転のSPレコードの録音を編集してくれたんです。78回転盤のモーツァルトですよ!その中に、本当に素晴らしい演奏を見つけました。オーボエ奏者の(レオン・)グーセンス、フルート協奏曲を演奏したマルセル・モイーズなど、1920年代の素晴らしいものです。エーリヒ・クライバーの指揮による交響曲第39番変ホ長調は、とてもストレートで、とても男らしく、それでいながらほとんどベートーヴェンのようにとても美しいのです。ありとあらゆる違った可能性が存在しますし、もちろん、その中のいくつかは素晴らしい演奏になるでしょう。私は、フリッツ・ブッシュを通じてさまざまなモーツァルトの解釈に気付かされました。彼は、私がウィーン時代に聴いた誰よりも深くモーツァルトを理解していました。特に、第二次世界大戦後のコジ・ファン・トゥッテとイドメネオの抜粋の録音があるのですが、そのどちらもとても美しいと思いました。このように、フリッツ・ブッシュは私をさまざまな聴き方の可能性に導いてくれました。私がウィーンで師事した先生たちはとても堅苦しかったのですが、これが私に自分で実験する勇気を与えてくれました。それがうまくいくまでには何十年もかかりました。しかし、なんだかんだと言っても、最終的に作曲家についてはその作曲家自身から学ぶしかありません。なぜなら結局のところ、誰も他人の過ちを繰り返したくないからです。


ほとんどの偉大な音楽家と同じく、あなたの最優先事項は作曲家の意図に気付くことだと思いますが、作曲家によってそれぞれ違った優先順位が求められるということはありますか?

いいえ!先入観を持ってはだめです。固定観念で天才の音楽を考えてはなりません。誰かについて固定観念を抱くべきではありません!

昨日、正しいと思ったことを決して繰り返してはなりません。

すべてを白紙の状態に。

いつでも。できれば、毎日。


しかし、人は作品とのある種の関係を築かなくてはなりません。それでもあなたは、新たな視点から作品を見るために、それをいつも投げ捨てなくてはならないのですか?

もちろんです!たとえテンポが指定されていても、実際のテンポが少し違うことはあり得ます。しかし、そうした変化が新たな機会を切り開くのです。たとえほんのわずかな違いであっても。


マールボロへ車で向かう途中、私はその時間を利用してあなたの録音を続けて聴いてみました。最後の3曲のシューベルトのソナタ(D. 958、 959、 960(デッカ))を連続して聴くのは、とても特別な、…言葉にすることすら困難ですが、これら3つの作品には超越した何かがあります。この言葉をむやみに使いたくはないのですが、ここでは適切なように思えます。

私は、これら3つの作品をこう考えます。シューベルトが、これら全部をひと月のうちに作曲したことは明らかです。8月に少しだけ取り組んでスケッチを書き、1828年の9月に完成させました。そして、11月に亡くなります。つまり、本当の最晩年なのです。それよりも後にできた主要な作品は、弦楽五重奏曲ハ長調しかありません。ある意味、ハ短調(D. 958)は、激しい苦痛、人生の悲劇を真にとらえています。緩徐楽章の中盤!狂気の場面があるとすれば、それはここです。おそらく、31歳で死ななくてはならないことについてでしょう。「美しき水車小屋の娘」とは違います。こちらはむしろ遺書と言えるものです。彼は、これを作曲しているときに、自分の人生の最後だと考えたのです。この作品は一人の若者の遺書であり、最後に小川が若者を海へ運びます。彼は小川に飛び込み、小川が彼を海へと運んでいきます。もちろん、詩がそうした内容になっていますが、曲は詩を越えています。死の、自殺による死の生々しさがあります。

しかし、イ長調(D. 959)など、先ほどの3つのソナタは絶対的な狂気です。教会の鐘が鳴る部分がありますが、それでいて、その間にはまだ救いと暖かさの瞬間があります。ところが、変ロ長調(D. 960)は超越的な作品で、その終わり方は非常に驚くべきものです。私は、それについてあまり広く語るつもりはありません。人々はそういう風に聴かなくてはならないと考えるかしれませんが、特定のやり方で音楽を聴かなくてはならないなどと誰にも思って欲しくありません。あなたはあなたの方法を見つけなくてはなりません。私の感じることは、私の個人的な問題です。でも、変ロ長調はとても超越的であり、驚くような終わり方をします。私に言えるのはこれだけです。狂気から超越まで、別世界へあなたを運ぶすべてを備えています。「冬の旅」も、あなたを別世界へ運びます。前半部分は素晴らしく、多くのことが起こります。しかし後半になると、まるで走り続けて止められない小さな荷馬車に彼が乗っているかのようです。あなたはそれを止めたいと思うのですが、どうにもなりません。そして遠くに目をやると、辻音楽師が雪の中に立ってあなたを待っているのが見えるのです。すごい!でも、すべての作品は異なります。最後のソナタはこれとは違っていますが、それでもやはり次の世界へ入ろうとしています。

内田光子と4台のスタンウェイコンサートグランドピアノ

「スタンウェイのD型を弾き始めると、演奏が変わります。他のピアノとは別の生き物のよう。20年以上D型だけを弾いていることで、今ではピアノについて、特にスタンウェイについてより深く理解している自信があります。このピアノを所有できるのは光栄なことです。私は、自分のスタジオに良いピアノを置くことを選んだのです。訳の分からないものが付いた別荘やロールスロイスや宝石を所有する代わりに。そんなものは必要ありません。それよりも、本当に美しいピアノを所有して、愛用しています」

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